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十三湊の発見で、津軽平野の歴史と文化の研究が進む?

盛岡から高速バスを使い、山里を縫うように北に向かって走り続けると、突然に目の前に広大な津軽平野が現れます。実際に見ると山の姿が遠くに見えて、想像を上回る広さがあります。

中心となる都市は弘前市。また、最近発見された十三湊(中世の交易都市)は津軽平野の北端の位置にあります。かつて十三湊から弘前に至る地域は、蝦夷や京都からも様々な人や財が集まる交易の地であったと考えられます。

今回訪問した藤崎町は、津軽平野のほぼ中心、弘前市の北隣にあります。

藤崎町は、平安時代後期から津軽平野を治めた安東氏の発祥の地です。安東氏は秋田県から下北半島まで領したことがある大豪族です。

写真は、藤崎町役場にある高星丸の姿、安倍貞任の子であり安東氏の始祖にあたる人物です。

今、十三湊の発見によって、安藤氏の系譜、津軽平野の文化に注目が集まりつつあります。北東北の文化と歴史が研究され、埋もれていた物語が脚光を浴びる。広大な津軽平野を見ていると、そんな日が早く来てほしいと思います。