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対立は解消するのではなく、乗り越えるもの

対立を乗り越えるにはどうしたらよいのだろうか。

職場の中でも、住んでいる地域でも、様々な対立が起きる。事業の改革に賛成、反対。あるいは、新たな建設に賛成、反対など。

協議の場を設けても合意するどころではなく、両者の溝はさらに深くなることも多い。 例えば、開発事業について、賛成者は地域の発展、貧困の解消のためには開発は欠かせないと主張する。反対者は自然環境が破壊され、地元住民の財産や安全が失われると主張する。 お互いに自分たちの考えこそ正しいと思っている。

論理的に話し合おうとする人の多くは、自分たちの論理が正しく、相手の論理が間違っている根拠を示し、考えの見直しを相手に求める。しかし、お互いに歩み寄ろうとはしない。 理由は、お互いの価値に関する認識、優先順位が異なるからではないだろうか。

賛成派は、反対派の主張よりも、地域の発展、貧困の解消の方が優先順位は高いと思っている。反対派は、賛成派の論理よりも、自然環境が破壊され、地元住民の財産や安全が脅かされる方がより深刻な問題だと主張している。 このようなときに、お互いに相手が間違っている、自分たちこそ正しいと言っても、かえって、「なぜ、こちらの主張が分からないんだ」と、腹立たしくなることが多いのではなかろうか。

自己主張のコミュニケーション、相手を論破するようなコミュニケーションをしているようでは合意はむずかしい。価値観や優先順位を否定するのではなくて、優先順位、思考の枠組みの背景にある、本当の想いをお互いに探し当て、その想いに関してどうするか手立てを考えることが合意の鍵を握っているように思う。

「本当の想い」はさまざまあるように思う。過去の経験に基づく信念であったり、強い思い込みであったり、大きな危機意識や不安感であったり、立場上対立せざるを得なかったり、完全に個人的理由によるものであったり、相手への根強い不信感であったり。

「本当の想い」を確認できれば解決の糸口も見つかる可能性がある。「本当の想い」に向き合い知恵を出し合う。自分にとっては価値のない取るに足らないことだと考えるのではなく、お互いに真摯に相手の想いを理解し、想いを尊重するアイデアを出しあうことが、妥協の道を開くことになると思うのだ。

「本当の想い」を知るためには、相手に問いかけなければならないし、自分にも問わなければならない。「そう思う理由は何ですか?」、「それがなぜ大切だと思うのですか?」と質問する。賛成、反対の当事者であっても、第三者のような客観的な見方で、相手のことも自分のことも冷静に見るようにする。

どうして相手は、このような考えに至ったのか、前提となっていることまで遡って理解する。どうして自分はこれにこだわっているのか、心の奥にある想いは何か確認する。お互いに質問をしあい、オープンマインドになってはじめて歩み寄りの機会が生まれるのではなかろうか。

このコラムを書いているとき、アメリカ・フロリダ州のジョーンズ牧師がイスラム教の聖典・コーランを燃やす計画を立てているというニュースが入ってきた。イスラム教徒の価値観を冒涜する行為である。牧師でありながら対立の火種に油をそそぐ。感情の世界に入ってしまえば解決は遠のくばかりである。愚かな行為と言うほかはない。