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「係長行政」の裏側を見る

 自治体には「係長行政」という言葉がある。一般には、”行政組織の中で実際に施策を運営し、個々の事務に精通しているのは係長クラスであって、行政の施策は係長が中心になって推進されている。”という実態を指すことが多い。しかし現実の「係長行政」という言葉の使われ方は、係長の能力の高さや、信頼性の高さを指すのではなく、”行政の仕事は係長に依存している。”といった、行政組織の特異性を表す現象として、むしろ、マイナスのイメージで使われる。

1 係長の個人的能力が政策の質を左右する
 行政の仕事は、福祉、年金、税務、保健、環境衛生、教育、都市計画、施設建設、産業振興、上下水道、消防など、きわめて広い領域を持っており、行政組織も基本的にはそれらの行政領域別に編成されている。また、個々の施策は係単位に割り振りされて、実質的には係で計画し執行するかたちになっている団体が多い。

 係長は施策の立案、関係者との調整、上司の説得等に重要な役割を果たしている。全庁的な実施計画の策定や予算編成に際しても、予算要求書は係長が作成する、いわゆる「積み上げ方式」であり、財政当局との折衝も係長が同席し、発言の機会が与えられるケースが多い。したがって、係長個人の考え方や意思が施策に反映されやすいといえる。また、係長クラスにはそれだけの裁量が集中しやすく、係長の裁量の大きさを「係長行政」と表現する場合もある。

 さらに、裁量が大きいということは、それを行使する係長の能力に施策の質が左右されやすいことを意味する。有能な部下ほど課長が手離したくないと考え、時には議員を巻き込んだ一悶着が起こることもある。係長の配置如何で自治体内部の力関係や、政策の優先度が分かると言われることがあるが、まんざら作り話ではないのである。

2 部課長が実態を十分に説明できない現実
 「係長行政」のもうひとつの側面は、部長や課長が施策の実情を十分に説明できないこと、又は十分に把握していないことに対する批判である。

 自治体職員向けの専門誌に、次のような若手職員の声が紹介されていた。

 「私の職場は完全に一人ずつ担当業務が決まっています。だから、お互いに何をしているか全然わからない。それぞれの仕事を把握していて適切な判断をするのが係長で、その役割は重要だと思います。ただ不思議なのは、課長はいつもボーとしているだけなこと!…(中略)。私の課では、課長は“部長へ資料を持っていく係”にしか見えないです。」

 この若手職員の声は、係長の役割の重要性を指摘するとともに、課長の職務に対する痛烈な批判ともなっている。もちろんこの声は、特定の職場のケースであり、自治体の職場一般に当てはまるものではない。事実、私が過去にかかわった自治体組織の中には、秀でたマネジメント能力を持つ管理職が多数を占め、上下の意思疎通も極めて良好な団体もあった。

 しかし、行政組織では年功的昇任システムの弊害により、一人ひとりの管理職の能力と意識に大きな差が生じている。しかも、よほどのことがない限り降任されることがないため、“課長になれば一段落”と考え、係長に任せきりにしている管理職も見受けられる。若手職員の声は、こういった職場のケースであったと考えられる。

 地方分権時代の行政は、今までにも増して現場での情報が重視され、迅速かつ適切な施策の執行が求められる。その意味では、係長が、実質的な権限を持ち、施策を推進することは非難されるべきことではなく、むしろ係レベルの判断で環境変化に柔軟に対処することが時代の要請であると言える。係長の役割がさらに重要なものになることは間違いない。

 ただし、「係長行政」が、部長や課長の意識や現状把握能力に対する批判として指摘される場合には問題は深刻である。適切な対応策を早急に検討し職場の改革に取り組む必要がある。部長や課長が係所管の施策に口出しすることがなければ、係長は“首を突っ込まれずにすむ”と考えるかもしれないが、組織運営の側面から見ると、組織全体のコントロールが効かなくなる可能性がある。すなわち、組織の「マネジメント・コントロール」が良好に機能しない状況になりかねない。

3 マネジメントの機能不全がもたらすもの
 「マネジメント・コントロール」とは、上位の管理職が、組織全体の基本政策を自部門の事業の特性に合うように戦略化して、本来の目的が効果的に達成されるよう下位の管理監督職をコントロールし、さらに管理監督職を通じて部下の職務行動をコントロールすることである。「マネジメント・コントロール」を柔軟に機能させるには、上位者からのコントロールのみでなく、現場の判断、情報が尊重され、中間管理職が情報を連結する役割を果たし、必要に応じて上位政策の見直しが行われるなど、柔軟な運営システムが確立されていなければならない。

 端的に言えば、部下に任せたことを任せっぱなしにしないということ、そして、現状を十分掌握することで、部下の行動や意思決定を適切な方向に導くこと、それが「マネジメント・コントロール」を機能させる必要条件になる。実情を掌握するためには、報告、連絡、相談を徹底し、仕事上のコミュニケーションを通じて、課題を共有化し、部下との信頼関係を構築することが重要である。コミュニケーションがなければ実態を把握できないし、信頼関係がなければ部下は真実を語ることがないからである。マネジメントの基本を忘れないことが、「部長や課長が施策の実情を説明できない」という「係長行政」の問題解決につながる。

 仮に、「マネジメント・コントロール」の弱体化を放置し、部長や課長による調整能力が十分に機能しない状況になれば、どういった問題が起きるであろうか。主要なもののみを列挙すると次のとおりである。

・ 管理職が壁となって情報の遮断が起き、必要な情報が届かなくなる。
・ 現場での課題解決が遅れるもしくは意識的に避けるようになる。
・ 部門内で対応すべき問題が上層部や管理スタッフ部門に持ち込まれる。
・ 上司が部下をコントロールできず、組織全体が統制しにくくなる。
・ 全庁的な調整機能が弱体化し、調整や説得に多くの時間とコストを費やす。
・ 例外事項や重要課題に関する意思決定のタイミングが遅れる。

 上記のような事態に陥れば問題はきわめて深刻であり、管理監督職の行動様式の変革はもちろんのこと、戦略的な視点から組織、人事にかかわるマネジメント・システムの体系的な改革を実施していくことが必要になる。特に意思決定システム、組織構造(管理階層の機能設計等)、人事制度にかかわる改革は必須の課題となろう。

 「係長行政」という言葉が批判的に使われるとき、そこには“係長中心に施策が行われている”といった施策運営面の実態のみでなく、「部長や課長が十分に施策の実情を説明できない」、「必要な情報が届かない」、「調整や説得に時間がかかる」等の組織の問題が潜んでいるケースが多い。それらの問題は視点を変えた「係長行政」の異なる側面であり、組織マネジメントが十分に機能していない結果でもある。